Hibiscus’s blog

夫と娘との三人暮らしの日々。日々の色々な出来事を綴ります。

ヒヨドリと私のチューリップ攻防戦

チーピピピ、

そして、カッシャン!

ん?チーピピピはわかる、ヒヨドリだ、いつもの。

しかし、カッシャンとは?

 

以前にも、母とヒヨドリのエピソードを記事にしましたが、

以下が参考記事です。

 

ヒヨドリ そして読書会」

haibisukasu.hatenablog.jp

 

我が家には、ツガイで来てくれるヒヨドリがいる。

庭のクラブアップルが好物で、特に秋には毎日のように訪れる。

 

もうこの時期になると、クラブアップルはなくなるが、

なぜか冬になった今日でも、せっせと来て、

庭の何かをついばんでいるようだ。

 

この晩秋、母が旅立った頃には、

このヒヨドリが母の魂を乗せて来てくれた、と

信じていた。

信じたということは、きっと私の願い通りだったのだろう。

 

それで私は、慰められ救われた時もあった。

今でもその事を思うと、心が安らぐのである。

 

今日も来ているヒヨドリ、ありがとう、

でも、もうお役目御免でいいよ。

自由に羽ばたいておくれ

 

なんて言ってもヒヨドリには通じない(笑)

 

来たい時に、気の向くまま、思うままに

ヒヨドリはやって来る。

 

それはそれでいい、

鳥が来てくれる庭はいいものだ。

 

だがしかし、この時は様相が違った。

 

ガラガラ、ガッシャ―ン!

 

何、あの音は!

嫌な予感がする。

 

私は窓に駆け寄った。

 

話しは少し前に遡る。

初秋にチューリップの球根を買った。

植えようと思っていて、

ついうっかり忘れてこの年明けになってしまった。

 

今からでもギリギリ間に合うかもしれない、

と、とりあえず4個の球根を植えた。

そしてプランターの上には、

シャベル、支柱、棒などを置いた。

 

なぜそんな事をするかというと、

球根をヒヨドリから守るためである。

 

数年前、たくさん植えてあった球根が、

鳥の鳴き声と共に、どんどん消えて行った。

 

その後、防御用のネットを張り忘れたりして、

年々チューリップの球根は減っていき、

2年位前ついに全滅した。

 

それ以降植えていなかったが、

数か月前、たまたま店頭でチューリップの球根を

目にし、ふと買いたくなった。

 

しかし植え忘れ・・・つい最近ようやく植え・・・

と言う次第である。

 

アバウトなガーデニングなものなので、

相変わらず防御ネットは用意していなかった(笑)

だので、とりあえずシャベルやなんやらを

プランターの上に置くことで防御を済ませた。

 

そして、「カシャン」という音でピンと来た。

来た、来たのだ彼奴が!

 

ヒヨドリ、球根を狙うヒヨドリだ!

窓に駆け寄り、窓越しにじっと外を睨みつける。

どこだ?

あ、いた、ブルーベリーの枝に留まっている。

 

ブルーベリーは地面からとても近い。

おまけに、チューリップの球根のすぐ近くだ。

絶対狙っている!

なんて目が早いのだろう。

 

私は息を殺して相変わらず窓越しから凝視し続けた。

そんなら、さっさと窓をガラリと開ければいいのに。

なぜかひたすら、ブルーベリーに留まるヒヨドリを見つめている。

 

そうして少ししてから、ヒヨドリはそのまま飛び立っていった。

 

 

なぜ私はヒヨドリを追い払わないのか?

 

 

もちろん、庭に来る鳥を眺めるのが好きなのは

言うまでもない。

 

うーん、やはりヒヨドリを無下に追い払いたくないのは、

かつて母の魂が、ヒヨドリに乗って会いに来てくれた、

という思いが強いのかもしれない。

 

それならそれでもいい、

だがしかし、チューリップの球根だけは譲れない。

春には色とりどりのチューリップの花を見たい。

母にも見て欲しい、仮にヒヨドリになって来たとしても。

 

それならば、話は簡単、

防御ネットを購入すればいいだけ(笑)

ヒヨドリよ、心するがいい!

しかし、母の魂は乗せてきてくれて、大いに結構。

 

たんなるものぐさ、が生んだ攻防戦のお話、でした。

 

さて、春にはどうなったか。

いつか朗報を載せたいものです。