Hibiscus’s blog

夫と娘との三人暮らし。あずきバーとガーデニングを愛し、日々の徒然や朝ドラの感想を気の向くままに。

「ふるさと」と思い出の刻まれたピアノ

 

今日は、娘が病院へ行く日だ。

朝一番の予約だったため、そんなに手間取らずに終わった。

 

その後、一駅先の皮膚科に行くため、二人で自転車を走らせて向かった。

なるべく行きやすい道を選んで走っているうちに、

亡き両親の自宅の近くまで来ていた。

 

娘に、ここら辺はおばあちゃんの家が近いんだよ、と言うと、

娘は、家の前を通りたい、と言う。

これから皮膚科に行くため、そんなに時間がないから、

じゃあ今日は家の前を通るだけね、と言って家の前に到着した。

私は今週は、昨日一昨日来ていたため、今日で三日目だ。

 

娘は懐かしげに家を見上げ、入りたそうな顔をする。

そして、ここにあるピアノで「ふるさと」を弾きたいと言った。

時間は気になったが、せっかくの娘の申し出だ。

それに、母も娘が来てくれて喜ぶだろう、と思い、家に入る事にした。

 

娘は懐かしそうに、家の中を見回した。

かつて、母がいた頃はよく訪ねた実家だ。

「前回来たのはいつだったかなあ?」と娘は言う。

娘が前回来たのは、一昨年のお正月だった。

もう既に母はグループホームに入居していたため、

そこにいる母に会いに行く事がメインになり、

母のこの自宅へは自然と足が遠のいていた。

 

仏壇の父母に挨拶をすませた娘は、早速ピアノの蓋を開け、弾き始めた。

「ふるさと」だ。

「ふるさと」の音色が家中に響き渡る。

とうとうと朗々としたピアノの音色は、家中を震わせた。

家に血が行き渡り、生き返ったかのようだった。

かつて住んでいた父母が、そこにいてくれるかのような気持ちになった。

 

家が生きている。

娘の伴奏を背に、私も歌った。

「ふるさと」は、この数ヶ月、母と一緒によく歌った。

母は歌が大好きだった。

 

ホームで歌った日が甦る。

段々弱って来た母、途切れ途切れながら、私と一緒に歌った母、

歌いながら「楽しいね」と言った母。

昏睡状態の母に聞かせた「ふるさと」。

そして、亡き母の元に通い、枕元で歌った「ふるさと」。

 

母の大好きだった「ふるさと」をこうして娘がピアノで弾いてくれている。

母を含めた家じゅう全てが生き生きとし、喜んでくれていた。

 

今日このことは、偶然の産物だったが、本当に良かった。

いつも私一人で来ると、ついメソメソしがちだったが、

その空気を、娘とピアノ「ふるさと」の音色が吹き飛ばしてくれた。

 

帰宅後、娘は言った。

「ママはあのピアノをあそこでいつも弾いていたの?」

「うん、そうだよ」

「あのピアノ、ここに持って来れないかなあ」

 

あっと思った。

考えてみもしなかった。

そうか、そういう事もありなのか。

ただし、実現するかはいくつかの山がある。

出来るかもしれないし、無理かもしれない。

 

しかし、この娘の発言は、また私に希望と母との繋がりを示してくれた。

あの、かつて家族皆が住んでいた頃、あのリビングで姉や私が弾いたピアノ。

いろいろな思い出が込められたあのピアノ。

それが、このリビングに来ると考えただけで

気持ちが何とも言えずに安らかになった。灯がともった。

 

「ふるさと」と実家の歴史が刻まれたピアノ。

不思議な縁を感じた日であった。

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※追記

後日、姉にこのピアノの話しをした。

かつて姉と私でこのピアノを弾いていたからだ。

姉は、

「自分はこのピアノはもういらない、欲しいなら持って行ってもいいからね」

と言ってくれた。

後は、このピアノが果たして修理に耐えうるか、

消音機能を付けられるかが課題だ。

年明けて、なるべく近日に業者に依頼して見てもらうつもりである。

メンテナンスの可・不可、修理価格等、うまく折り合いが付けられる事を願っている。