娘、ただいま教会の夏の子ども会スタッフとして働いている。
帰宅すると、こんなことを口にした。
「今日は玉入れゲームをしたんだ。
運動会でよくある玉入れの小型版で、高さはものすごく低くて、
幼児でも、ポンと簡単に玉が入るくらいにしてある」
「まず、幼児クラスから始めたんだけどね、
ある幼児の子、怖がっちゃって玉を入れることができないの。
だから私、工夫して玉入れの高さをうーんと低くしたんだ。
他のスタッフも皆でその子を盛り立てて、
なんとか玉を入れられるようにしたのね。
結果、その子は玉を入れられて、皆で『わーすごい』
って、うんと褒めてあげたんだ」
「それは良かったわね。やっぱり成功体験って大事よね。
周りの人たちの温かい励ましや応援が、その子にとって
とてもいい体験になったと思うわ」
そう言えば、娘の小さい頃を思い出した
この子ども会に行き始めた頃は、
やっぱりそんな感じだったなあ……。
この子ども会と娘の付き合いの歴史は長い。
最初に訪れたのは、娘が3歳くらいのときだったろうか。
怖がりの娘は、中々この子ども会のレクリエーションに
慣れることができなかった。
一応参加はしているが、表情は硬く
とてもリラックスして楽しんでいるようには
見えなかった。
それでも参加するたびに、スタッフの方々が
温かく声をかけてくださり、
和やかな中でゲームや工作などをしていったものだ。
夏の子ども会は、幼稚園生の途中から保護者の付き添いなしの参加となった。
娘は一人でも泣くことがなく、参加できるようになっていた。
長年の積み重ねで、
娘はこの子ども会の参加がどんどん好きになっていった。
ただ残念なことに、コロナ禍では子ども会は開かれずに
三年間のブランクができてしまった。
だが、子どもとして参加できる最終学年小学校6年の時、
この子ども会は奇跡的に復活してくれたのである。
中学受験を控えた夏だったにも関わらず、
娘はこの子ども会に二つ返事で参加した。
そして最終日、全体会の締めの挨拶で娘はこう述べた。
「来年は、スタッフとして戻ってきます」と。
その通り、中一になった娘は、教会側からお声がかかり、
今度はスタッフとして働き始めた。
お世話される側から、する立場へ。
役割は、あるクラスのお手伝い。
ゲーム、歌、工作、そして一緒にランチを取る。
そしてお昼後は、全クラス集合してのレクリエーション。
その時、壇上に立って、数名で「歌のお姉さん」のようなこともする。
クイズの司会を任されることもあり、
本当に盛りだくさんだ。
娘は舞台で歌ったり踊ったり、司会をするのが大好きなので、
こういう類のボランティアは大好きで、生き生きしている。
そんな娘の様子を見るのが楽しみで、
子ども会の最終日の全体のお披露目会では、
我ら夫婦は教会に出向き、保護者席の片隅で、
そっと娘の雄姿をビデオ撮影したりしている。
今回も娘の様子をしっかり目に焼き付け、ビデオに収めた。
「大きくなったよなあ、お姉さんになったなあ」
などと感慨深い面持ちで娘を見る。
会が終わり、出口に向かうと一人のご婦人から声をかけられた。
私たちが教会へ出向く度に、いつも声をかけてくださる方だ。
娘のことを、幼児の頃からずっと見守り続けてくれたのである。
「あの小さい娘ちゃんが、こんなに大きくなって」と、
我ら夫婦と同じく、娘の成長を知っていてくれている。
成長過程を見守ってくださった方と一緒の活動ができる、
嬉しい限りなのだ。
人と場所のいい出会いがあって本当によかったなあと
しみじみ思う、ある暑い夏の日であった。