さあ、恒例今日のNHK朝ドラ「風、薫る」 第53話の
愛ある感想〜直美とセツの対話、そして魂の救済〜
シマケンさん…、
彼が書いた次の記事はさらに大きな反響を呼び、
世間の涙を誘って、同情と応援の声を集めている。
しかし当のシマケンは…。まだ気持ちは揺れ動いている。
ちょっと頂けないのは、シマケンがセツに会いに行ったこと。
これは、断然賛成できない。なぜ会いにいった?
会って謝罪する?それで?
シマケンの気は晴れるかもしれない、罪悪感を減らせたかもしれない。
しかし、肝心のセツはどうなるの?セツの気持ちは?
シマケン、相手の身になれる?
このような状況で、突然来られた相手にどう向き合えばいい?
謝るシマケンに対してセツは、
「いいよ。どうでもいい。お宅が謝ってくれたところで、
私は何も変わらない。このひどい世界は続いていく」
と言う。
シマケン、YOUは何しにこの病室へ?
セツに恨まれようが、徹底的に記者としての本領を発揮すべきだったのでは?
記者として、全身全霊でセツの取材をし、更にそれを記事に書く。
それがシマケンの記者としての矜持であり、責任ではないのだろうか?
シマケンの目は真剣であるが、まだ覚悟が足りていない。
まあ、シマケンの成長を見ると言う演出ならば、
それでいいかもしれないけれど…。
でも、セツの立場としてはやってられないわよね。
「だから何?私の立場を変えてくれるの?責任もって?」
と、これに尽きる。
誰もが思っている。直美もりんも、新聞を読んだ人々も。
セツを救って欲しい、女郎部屋から救い出してと。
でもどうする事も出来ない現状。
と、書きながら思ったのだけれど、
今回のことによって、セツは多くの人と触れ合えた。
女郎以外の世界と繋がることができた。
シマケンが自分の事を新聞に書き、世間にセツの存在を知らしめた。
そのシマケンが自分に会いに来た。
女郎としてではなく、一個人として対峙した。
病院では、直美を始めとした看護婦看護人達が、
自分を看護してくれる。ごく普通に当たり前に。
それこそ、直美が言う、
「金持ちも貧乏も男も女も。病気や怪我をしたら当たり前に
受けられる看護でないとおかしい」
それに対して、セツは
「そこに私も入れてもらえるんだ、いいね…」と。
(涙腺崩壊😿)
女郎として、人間としての尊厳がなかった日々。
自分の価値が見出せなかった日々。
それが、この病院でセツはただの患者として
普通に看護をしてもらえた。
これこそ、マザーテレサの言う本物の看護。
「人に寄り添い、人間の尊厳を守る事」
これを実感できたセツは、心が救われ始めている。
直美がいたことも大きかったわね。
即ち女郎から生まれ、孤児として生きて来た直美。
直美でなければ、セツはここまで心が開かれなかっただろう。
そして、直美もセツから教えてもらえている。
自分を生み捨てた母を恨んで来た直美。
しかし、セツの
「大抵の女郎は子どもは産まないし、産めないもの」
※前日の第52話より引用
そして、今話の、
「自分は子供を産めなかった。
どうやったらいいかわからなくて。
こわくて」
「 よっぽどあんたに会いたかったんだね」
直美、母の真実がわかった瞬間だった。
泣けた~。
そして同時に、セツの苦しみ悲しみも…。
セツさん、本当にどん底を味わってきたのね。
いえ、多くの女郎が辿って来た道…。
直美とセツの出会いは、本当に涙なしには見られない。
でも互いの救いになった。
それだけでも、もう…。
あー本当に胸が詰まる話だわ。
さて、今回のラスト、病室を開けるとそこには…
ご、ごんだ(権田)が!
なんで、セツのベッドに座っているの!
そして腕に包帯巻いているし?
これは、コメディチックなの?コントが出てきたの?
と思わせる、ご、ごんだ(権田)の登場。
さあ、セツのことはどうなる?
次が待ち遠しい!
ふぅ、濃いわ、濃すぎて…。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さあ今日の我が庭の花。ニチニチソウ(フェアリースター)
小粒の花だが、夏の暑さに強い花。これからどんどん花をつけていく。
