映画「サンキュー、チャック」を観てきた。
最初に一言。観にいってよかった。
あらすじ。公式サイトより引用。
ついに世界は終わろうとしていた。
人類による環境破壊のせいなのか、それともこの星の寿命なのか。
未曽有の自然災害が地球を襲い、ネット、SNS、電話などの
全ての通信手段がダウンしていったその時、街頭やTV、ラジオに
突如現れたのは、「チャールズ・クランツに感謝します。
素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」
と言う謎の広告。
カメラに向かってほほ笑む一見実直そうな男、
チャックとは何者なのか?感謝の意味とは何なのか?
その答えを知るものは誰もいない。
引用終了
この先、ネタバレありなので、ご注意を。
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突然第三章から始まるこのストーリー。
次から次へと全世界に襲いかかる自然災害に、
人々は段々絶望していく。
その有様に、やり切れなさを覚える。
そして、頻繁にあちこちに現れる謎の広告、
「ありがとう、チャック」とは?
しかし、全てが謎の状態で、
世界がついに終了になりそうなところで、第三章が終わる。
そして第二章。
いよいよチャックの登場。
中年の会計士として、ある街を訪れたチャック。
街なかで、ストリートミュージシャンのドラムに合わせて、
とっさに踊り出すチャック。
見事なダンス、そして、
通りすがりの身も知らぬ女性と踊り始める。
やがて、人だかりの状態になり、群衆も皆大喜び。
拍手大喝采!
チャック、女性、ストリートミュージシャン、
観客、一体となった瞬間であった。
ほんのいっときの、その場限りの関係であったが、
(袖振り合うも他生の縁)
各々、一体感と幸福感を味わい、またそれぞれの場所へと帰っていく。
途中、頭痛で辛そうにしているチャックは、後の伏線である。
ついに、第一章。
チャックの子ども時代から始まる。
事故で、両親とまだ見ぬ妹を亡くしたチャック。
祖父母との生活。
祖母から教えられたダンス、
そして、小学校最後の国語の詩の授業。
ここで、ある詩を教わる。
中学生のダンスクラブ。
ダンスパーティで女性の上級生とのダンス。
祖父母との別れ。
そして、祖父が見たであろう自分の死期、
チャックも祖父と同じように、自分の未来を見てしまう。
これからの時間は、死までの待つ時間だということを。
脳腫瘍のチャックは、今まさにその時が近づいている。
チャックの頭の中には、
チャックが今まで出会った多くの人がいるし、
まだチャックが出会っていない人もある。
チャックが成長していけば、それがどんどん広がっていき、
国を作っていき、大陸を作っていき、宇宙を作っていく。
あなたの頭の中には宇宙があるのだ。
多くの人がチャックの頭の中にある。
「僕は最後の瞬間まで生き抜く」
第三章の世界の終わりは、実際のことでなく、
チャックの頭の中のことだった。
なんだか支離滅裂な、分かりにくいかもしれないが、
第二章で、ストリートミュージシャンのドラムで
踊ったチャック。見も知らぬ女性と踊ったチャック。
拍手喝采の観衆。
誰もが喜びを共有しあった、あの瞬間。
そういうものこそが、誰もが尊い、と言うあの感覚。
このシーンを観て、ふと、少し前に自分のブログにも書いた
「バスでの出来事」を思い出した。
該当の過去記事
上のブログ記事では、以下の様なことを書いている。
↓
バスの中で知り合って、ほんのひと時、共に楽しく過ごす。
そして、又その後は別れていく、その関係。
「袖振り合うも他生の縁」
バスの中で見た、幼児連れの親子と女子高生の交流、
ほんのひと時の交流。
その後、一緒にバスを降り、手を振り別れていったあの光景。
あの時の光景と、今回の第二章で、
チャックと、女性が別れるシーン。
まさにそっくりの光景で、心底驚いた。
いや、国や人種は違えど、考えることは共通していたのだ。
こんな聖書の言葉が頭に浮かんだ(私はキリスト教信者でないが)
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。」
チャックの言葉。
「僕は最後の瞬間まで生き抜く」
全くまとまらずに終わることになってしまうが、
人との出会い、チャックの言葉、
これらを頭の中に入れ、よく噛みしめて生きていきたい。
我が庭のバラ。プリンセス・ド・モナコ
今年は、本当に次から次へと美しい花を咲かせてくれる。
