今日は母の納骨の日。
いよいよ母の魂が、父の元へ行く日である。
富士山の麓にあるお墓、
ここで、母は父と共に永遠に安らぐことができる。
早朝、お茶の準備をした。
母の墓前に捧げるお茶。
母が、自宅で日常的にお茶を入れていた姿を思い出す。
よく、急須にトポトポと熱いお茶を入れていたなあ。
私が母を訪ねて行くと、よくお茶を入れてくれた。
今日は、私が美味しいお茶を入れて、母に差し出そう。
やがて、夫と娘と共に出発した。
電車を乗り継いで、更にバスに乗った。
と、お墓に向かうバスの窓から、突然、富士山が出現した。
目を見張った。
真っ青な快晴の元に、それはもうくっきりと鮮やかな富士の山。

白い冠を被ったなんと見事な富士の山よ。
バスの窓から見える富士の山に釘付けになりながら、
かつてのあの日が蘇ってきた。
母が旅立った後のこと。
式の日まで、母が一時的に眠っている元へ、数日間通った。
その時乗っていた電車の窓から、
くっきりした青空の元、
色鮮やかな見事な富士山が、目に飛び込んで来たのだ。
やはり、あの時も突然だった。
それを見た瞬間、ブワッと涙が溢れ出し、心の中で、
「ママ、ママ、見てよ、見てよ、見事な富士山だよ」
と叫んだ。
見事な富士山を見て欲しい、
しかし、見せたい母はもうこの世にはいない。
その事実が、とてつもなく悲しかった。
ポロポロ涙を流しながら、到着した母の元で、
童謡「ふじの山」を歌った。
頭を雲の上に出し、そびえ立ち〜
〜(略)〜
富士は日本一の山
涙を滲ませながら歌ったあの日を思い出しながらも、
今日の富士山を又見つめた。
今日は、ただただ、見事だなぁ、見れて良かったなぁ、
と、ひたすら感嘆しながら写真を撮った。
富士山は、バスの中からお墓に向かうまで、
一緒に寄り添うように、ずっとその姿を見せてくれていた。
やがて、お墓に到着した。
お墓からも、富士山がはっきりくっきり見えていた。
もう兄弟とお坊さんが到着していた。
お墓に捧げる供物等を皆で準備した。
私は水筒からコップにお茶を注ぎ、墓前に供えた。
私達一家三人で折った鶴、
母のお骨の中に入れることが出来た。
私達の気持ちが、母と共にいられる、それが
嬉しかった。
母は、父と共にお墓の中に入った。
かつて、このお墓参りは父母も一緒に来ていた。
お掃除をし、花を生け、線香を焚き、お参りをする。
お墓のお世話をしていた父母が、今やそのお墓の中にいる。
人生の無常を感じる。
本当に母はいなくなってしまった、
目の前から消えてしまった、存在がもういない、
話したり手を触れる事ができないのだ。
母の肉体の残りの骨を見ながら、
改めて母の死を噛みしめる。
そうして、お坊さんの読経も終わり、
一連の供養が終わった。
私達兄弟は、墓前で語り合った。
その時、富士山の話になった。
今日のこの富士山は見事だね、
こんなにはっきりと見えたなんて、
今まで何十年来ているけれど、初めてだよ、
ここのお墓から富士山が見えるなんて知らなかったよ。
と、兄弟は皆、口々に言った。
そうなのだ、私もこのことを知らなかった。
いや、父母もおそらく知らなかったのでは?
父は、生前、夫に、
「ここのお墓は、富士山は影に隠れて見えない」
と話していたらしい。
つまり我が一族は、何十年も富士山が見られることもつゆ知らず、お墓参りをしてきたのだ。
しかし、今日は紛れもなく立派な富士山が見えている。
駅からお墓に着くまで、ずっと見えていた富士山。
そしてお墓からも。
これを奇跡と言わずして何と言うのか。
偶然?本当にただの偶然?
しかし、母の納骨の日に、
今まで数十年、
見たことがない富士山が、ひょっこり顔を覗かせた。
私達兄弟は、口にはしなくても思いは同じだったろう。
富士山が母を迎え入れてくれた、
母は、富士の麓に抱かれて、悠久の眠りについた。
我が家からは遠方の富士の地だが、
時々母に、そして父にご先祖様に会いに行こう。