先日、読書会に行ってきた。
今回の私の役割は、「お話を読む係」であった。
前回の回で、次回のテーマとなる作家が決まった。
その名前が出た途端、瞬時にある作品が頭に浮かんだ。
私が読む担当となった時、迷わずにその物語を選んだ。
おそらく20年以上前に読んだきりの物語であった。
やや物悲しく、しかし幻想的で心に染み入る話だった。
だからこそ、今回ぜひ読みたいと思ったのだろう。
手元になかったので、新しく本を購入した。
何回も読むうちに、ある考えが頭に浮かんだ。
ストーリーテリングをしてみたいと。
要するに、話を暗記して本を持たずに、
皆に語りかけるように話すのだ。
早速暗記に取りかかった。
皆の前で読み語りをしている自分をイメージしながら。
しかし、現実は厳しかった。
頑張ったが限界を知った。もう時間的にも厳しい。
決断した。今回は諦めよう。
ストーリーテリングは出来なくても、
この物語を心を込めて読もう。
当日、皆の前に立った。
立って、本を持ちながら丁寧に朗読をした。
そしてその物語を心で読むようにした。
静けさの中で読んだ。
皆、それは熱心に聞いてくれた。
自分の朗読を聞いてくれる人々がいる、
それが嬉しかった。
その後、話し合いをしている時、一人の女性が
「今日は朗読をしてもらえて、本当に良かったです」
と、私の顔を見ながら言ってくれた。
それを聞いて、じわーっと嬉しさが込み上げてきた。
やって良かったという充実感、そして達成感を持てた。
この物語に、主人公が兄弟と生き別れになり、
その悲しさを実感するくだりがある。
その表現が、なぜか身につまされた。
母を亡くした自分の心に、通じ合うものを感じたのだろう。
今回のテーマに、その作者に決まったこと、
瞬時にその物語が頭に浮かんだこと、
私が朗読係に決まったこと、
そのため、再びその物語を何度も読み込んだこと、
その物語に共鳴し、心を揺さぶられたこと。
全て不思議な巡り合わせだった。
よかった。
読書会に参加できて、朗読できてよかった。
参加者の一人に、ある年配のご婦人がいる。
温かい笑顔で、包み込むように優しく話す方だ。
その姿に、どうしても母を思い出して、
つい顔を見てしまう。
まだまだ母の面影を追い求める私であった