今日は、娘のバレエレッスン参観日だった。
この参観は、私が超絶楽しみにしている日である。
バレエレッスンなるものは、いくら見ていても飽きない。
個人的な思いだが、プロのバレエ公演より、非常に見応えがある。
特に、ティーンエイジャーのバレエレッスンは、
ストイックな空気感の中で行われる。
ピアノの音色に合わせての基礎的なトレーニング。
何時間でも見ていられる。
バレエは至高な芸術だと改めて実感する。
そんな中で、舞い踊る娘を見ながらふと思いだすのである、
3ヶ月前の事を。
あの3ヶ月前、やはりバレエレッスンの参観日であった。
参観に行く前に、私・夫・娘で、私の母に会いに行った。
実は、その少し前から、母は容体が思わしくなくなってきていたのである。
母はよく眠っていた。
深く深く、スースー寝息を立てて。
やがて、後ろ髪を引かれる思いで、母の部屋を後にした。
こういう時だからこそ、日常生活を大事にしたかった。
すなわち、これから行われるバレエレッスン、
そして、参観をすることを。
母もそれを望む事がわかっていた。
あんなに娘を可愛がってくれていたのだから、
喜んで背を押してくれただろう。
「○○ちゃん、頑張ってね」と。
そして、その日の娘のレッスンを、私はただひたすら凝視していた。
少しでも娘のレッスン姿を逃すまい、目に焼き付けておかねば。
そうしながら、同時に母の事も脳裏から離れられなかった。
今、まさに躍動し、輝いている命、一方消えゆき旅立とうとしている命。
その二つの命の間に立つ自分。
目に焼き付けた娘の姿は、確かに母の魂に届けられた、
そう信じている、今でも。
そして、その日の夜に母は旅立った。
月日が経ち、3ヶ月後の今日の参観日、
あの日と同じレッスン室で、
娘のレッスンを見つめながら、3ヶ月前の事を思い出し、考えていた。
あの時、まさに尋常でない極限状態であった。
今は...どうだろう。
正直、悲しみはまだ癒えていない。
日常生活に戻りながらも、ふとした拍子に母を思い出し、
胸が痛み、涙する事もある。
しかし、母の魂は存在している、まぎれもなく。
先日、母の話が掲載された戦争体験文集が、突然届いた。
まさに、天からの贈り物、母の魂が届けられたと嬉しかった。
このように、ふとした拍子起きる出来事が、癒しに繋がっている。
今、ここでバレエレッスンをする娘の姿は、母の魂に届いているに違いない。
母、私、娘、命のバトンは続いている。