母の四十九日が近づいて来た。
街中や電車の中で見かける年配のご婦人、
母の好きなお菓子をみかけた時、など
いろいろな場面で、つい母の面影を探してしまう自分がいる。
そんな中、昔読んだ物語の題名が、ふと脳裏に浮かんだ。
「母のおもかげ」

まず、出だしから幻想的である。舞台は南フランスの田園地帯。
崩れ落ちた古城で一晩明かすことになった、父とディアーヌ。
その夜、ディアーヌはひとり、
ベールをかぶった顔を見せない妖精に出会う。
そして妖精は、ディアーヌに美しかった頃の古城を見せて回り・・・
幼い頃に母を亡くした少女ディアーヌの心、内面が胸を打つ。
母を恋しく思い、その面影を追い求めるディアーヌ。
母の面影を追い求め絵を描くうちに、
やがて見たことのない母の肖像画を完成させることが出来たのである。
その心情が痛いほどよくわかる。
ディアーヌが母の事を乳母に尋ねるシーンがある。
「今でも私を可愛がってくれるだろうか?」
「お母さまがいないのは、私の不幸せね」
「お母さまは、今は私を見ていてくれていないわ」
母を恋しがるディアーヌ、同じように母を恋しがる私。
この気持ちは国や年齢を超えても不変のものだろう。
母を亡くした今だからこそディアーヌの気持ちがよくわかる。
母に会いたい、母と話したい。
いまだに母がいないとは、まだ本当に実感が湧かないのである。
しかし、四十九日が近づいてきている。
それは、故人の魂が極楽浄土へ旅立つかがどうかが決まる大事な節目と聞く。
私は仏教に対しほとんど無頓着であるが、母は違ったようである。
そういう訳で、母が望んだであろう戒名はきちんとつけてもらった。
仏教を大事にしていた母ならば、四十九日も大事にしたであろう。
そうならば、その日は仏壇に向けて母に語りかけよう。
安心して極楽浄土に行ってね、と。
そして四十九日は忌明け、ともなるそうである。
つまり遺族の喪に服す期間が終わり、
日常に戻るけじめの日でもあると。けじめの日か・・・
今後、私は家の写真に向かって、ある時は空に向かって母に語り掛けよう。
でもやっぱりまだ寂しいから、時には極楽浄土から戻ってきてくれると嬉しいな、
夢の中にでもでてきてくれても嬉しいな、と。
仏教を大事にしてきた母と、仏教に無頓着な娘である。
宗教観は違っていても、母は私の唯一無二の母であり、
そして、いまだ母の面影を追い続ける娘である。
母よ、まだもうちょっと大目に見てね。