Hibiscus’s blog

夫と娘との三人暮らし。あずきバーとガーデニングを愛し、日々の徒然や朝ドラの感想を気の向くままに。

30年間乗り続けた、我が自転車の思い出

私が初めて自分の自転車を買ってもらったのは、小学校5年生の時だった。

それまでは、兄のお古を使っていた。

当時で5万円近くだったと記憶している。

中々のお値段だったためか頑丈でよい自転車であった。

これが後の自転車人生において大いなる影響を及ぼすことになる。

 

私は高校時代、自転車通学であった。

自宅から高校まで大体20~25分程の道のりである。

もちろん、この小学5年生から使っている自転車をそのまま使い続けた。

雨の日も片手に傘を持ちながらの片手運転で、

しかも立ち漕ぎをしながらすごい勢いで坂道を駆け上っていった(サーカスみたい)

体も軽く身体能力の絶頂期だったのかもしれない。

 

高校時代は、その愛用の自転車であちこち遠征するようになった。

そして高2の夏休みには、東京から神奈川県相模原の方の親戚の家まで

一人で自転車で行く、という大遠征を果たしたのであった。

今思えば相当無謀だったかもしれない(よく無事であったものだ)

 

地図一枚を頼りに、東京から神奈川に向けてひたすら西に自転車を走らせた。

そうして道に迷いながらも、なんとか辿り着いたのであった

(娘には決してさせられない無謀な冒険だ)

朝7時に出発し、着いたのは夕方くらいであった。

 

タンクトップに短パン、という軽装であったため、

夏のこんがりした日差しをおもいきり浴びたため、翌日の帰宅後は火傷を負った。

夜寝る時、ひりひりした肩を布団に触れないようにしたのを覚えている。

 

ちなみにその親戚宅の叔父は、どんなすごいサイクリング車で来ると思ったら、

その辺で買い物に走っているようなママチャリ(失礼な!)で来たので、

驚いたのと面白かったとか(失礼な!でもお世話になりました)

 

そのママチャリと呼ばれた自転車は、高校卒業後もずっと長らく乗っていた。

大人になり、働くようになり、そして結婚してもその自転車に乗り続けた。

 

駅前で何度撤去されても、

その度に律儀に撤去代金を払って取り戻して来た。

(回収所にいた係員から、あまりにボロボロの自転車で呆れられたこともあった 笑)

そして駅前で盗難にもあったが、丹念に探したら出て来て事なきを得たこともあった。

 

恐ろしくボロボロになり錆びだらけになっても使い続けた

(大してメンテナンスせずに)

11歳から約30年間乗り続けた自転車であった。

 

いつも傍らに当たり前のようにいた自転車であった。

しかしやがて別れはやって来る。

ある日のこと、寿命となった相棒に別れを告げた。

 

そして月日は経ち、今現在は別の自転車を走らせている。

どうということのない、ごく普通の自転車である。

空を見上げながら自転車を走らせる時、何とも言えない位気持ちがいい。

自転車で駆け抜けていく爽快感を教えてくれた我が自転車に乾杯!

自転車は最高だ。