今日は通院の日。
朝、自転車を走らせ病院に向かう。
冷気が頬に刺さるが心地の良い冷たさだ。
今日は快晴だ。
自転車を漕いでいると、青空がワーと視界に入って来る。
あまりにも気持ちがいい。青空が目に染み入る。
冬の青空は格別だ。
とある作家のフランス人が、日本の正月頃の青空に驚嘆した、
というエピソードをなんとなく思い出す。
(フランスの冬、お正月頃はどんよりとした空模様らしい)
青空を見ると、ついこの晩秋に起きた母との別離が思い出される。
そして青空に向かいながら、母に思いを馳せ、母に呼びかけ対話をする。
青空は母との大切な思い出であり、母と私を繋ぐ場所でもある。
そんな事を考えながら青空を眺めていた時、
「ほんとうの空色」という物語を思い出した。

この本との出会いは、私が小学校4年生の時。
(どうも私の子どもの頃の思い出は、小学校4年生頃が格段に多い。
恐らくこの頃が、一番より子供らしく活動的で楽しい出来事が多かったからだろう)
自転車で一人で少しずつ遠出をするようになり、図書館に行き始めたのは4年生の時。
その時、この「ほんとうの空色」に出会った。
今でも覚えているが、その本は絵本であった。
挿絵ふんだんのこの物語は、なぜかずっと頭の片隅にあり、
大きくなっても時折、ふっと思い出す物語であった。
以下(長文)あらすじ(ネタバレあり)
母親と貧しい暮らしをしている少年フェルコー。
ある日、ひょんなことから、花の汁で作った青い絵の具を手に入れる。
その空色の絵の具で絵を描くと、空はほんものの太陽や月や星の輝きを放つ。
そして、その事をきっかけに、フェルコーの身の周りで不思議な出来事が起こり
始め・・・
やがて、その絵の具や絵の具で描いた絵は、皆失なわれてしまい悲しむフェルコー。
しかし、フェルコーのズボンに、少しだけその絵の具が残っていて、フェルコーは
そのズボンを大事にはき続ける。
そして月日は経ち、大きくなったフェルコーは、
いまだにその少年の頃の短いズボンをはき続けている。
空色の絵の具の騒動の頃から仲良くなっていた少女、
ジュジはよくフェルコーと散歩をしていた。
しかし、他の少女達がフェルコーの事を笑っているのに気づき、恥ずかしく思う。
そしてフェルコーに言う、
「そのズボンをはくのをやめて欲しい。大人用のズボンをはかないのなら、
もう一緒に散歩をしない」
と言ったジュジの青い目は「ほんとうの空色」のような気がしてくる。
ズボンにある「空色」よりずっときれいな空色だと気づく。
フェルコーはジュジの願いを聞き入れ、そのズボンと別れを告げるのである。
あらすじ終わり
いや~このラスト、このラストがあったからこそ、
きっと私はこのお話しをずっと覚えていたのだろう。
なんと、胸に直球で来る、心に響く表現なのだろう。
どうやったらこんなお話しを思いつけるのだろうか。
本当の空色の絵の具よりも、もっと大事なものに気づく一瞬。
空色の絵の具の色より、もっときれいなジョジの瞳に気づいたその一瞬。
この感性は素晴らしい。
あーこんなお話しを書ける感性が私にも欲しい。
と、今日の抜けるような青空見て、”ほんとうの空色”に思いを馳せた一日でした。