母の葬儀後の、この一週間、母の自宅に何度か足を運んだ。
つい、「ただいまーママ!」と大声でいい、リビングに入って行くと、
仏壇には、母の写真、遺骨がある。
もう誰もいない家に、母のお骨と写真だけ。
相当なダメージを喰らう。
一番最初の日は、おいおい泣いた。
泣きながら、母に語り掛けた。どうしていないのー、と。
そして、はたと気づいた。そうだ、パパは?
あ、パパもいたんだった、ごめんパパ久しぶり。
と、母に対して父への扱いは、なんともあっさり、ドライである。
薄情な訳ではない。ただ、父が亡くなってもう19年。
その月日が、悲しみを昇華させてくれたのだろう。
とすると、母に対しての今のとてつもない悲しみと喪失感も、
やがては薄れてくる日もくるのかもしれない。
今はとても考えられないが。(やっぱり母に会いたい)
という訳で、今日は父との思い出、
「ピザ・パイの歌」について語ってみたくなった。


「ピザ・パイの歌」
このお話を知っている方はいる筈。
私が小学校4年生の時の国語の教科書に載っていた話しである。
ここからネタバレありです。
まつじいさんの畑は家が建ち並び、畑がなくなってしまった。
お金はあっても、何もすることのなくなったまつじいさんは、
無気力になってしまう。
心配したともばあさんが食事に連れ出し、
そこで初めて「ピザ・パイ」なるものに出会う。
ピザパイ、その味の虜になってしまったまつじいさん。
ついに、その店で働くことを申し出る。
そして修行を積み、とてつもなく旨いピザ・パイを作れるようになる。
最後、その店を辞め、家でおいしいピザを作り、
ともばあさんと二人で食べているところで終わる。
当時小学校4年生であった私は、おそらくピザ・パイを食べたことがなかった。
まさに、まつじいさんと同じ状態であった。
この話を読み、そのピザ・パイの美味しそうな描写にものすごく憧れを抱いた。
今でも色鮮やかに覚えているお話しだ。
そうしているうちに、私は学校の眼科健診で仮性近視の診断が下った。
眼科のある病院で診てもらおう、となった。
平日の日中、父と電車に乗り大きな病院の眼科へ行った。
その帰り、どこか駅の(新宿?)地下で昼食をとることになった。
昔ながらの食堂だったと思う。
そこに、なんと「ピザ・パイ」があったのだ!
これが、あのピザ・パイ! まつじいさんが感動したあのピザ・パイなのか!
そのピザ・パイは、期待を裏切らず美味しかった。
こんな美味しいものがこの世にあるなんて、と、まさにまつじいさんと
同じ感想を抱いたのであった。
肝心の父の思い出、というより、
父と二人で向かい合わせで食べた事(ピザ・パイを)が
私にとって、貴重な父との思い出だ。
二人だけでレストランで食べたのは、記憶している限りこれだけだ。
初めてのピザ・パイ、初めての父と二人だけでの外食。
今でも思い出すだけで、小学4年生の自分と父、(そしてピザ・パイを)
あの時代が蘇って郷愁に駆られる。
パパ、私もいい年になったよ、
多分、ピザパイを初めて食べたあの頃のパパの年を越したんじゃないかな?
どんどん時が経っていくねえ。
ここで、ママと二人でのんびり過ごしておくれ。
時々来るからね。