Hibiscus’s blog

夫と娘との三人暮らし。あずきバーとガーデニングを愛し、日々の徒然や朝ドラの感想を気の向くままに。

母の部屋にて 姉妹今昔

今日は母のいたグループホームの部屋の片づけに行って来た。

もうすでに先週、姉がだいぶ整理仕訳をしておいてくれていた。

 

いつもの見慣れたホームまでの道、ホームの入口、母のフロア、いつも通りだった。

しかし、母の部屋はがらんとしていた。もう母はいない。

 

母のいない部屋にいると、母がいたのはもう遠い昔のように感じる。

ここで、母は4年間程お世話になった。

明るく暖かい居心地のよい居室。

この部屋で、母は眠りながら穏やかに旅立てたのだ。

スタッフさん、医療関係の方々も優しかった。

本当に良かった。良かったね、ママ。

 

まもなく姉がやって来た。

賑やかな姉の声は、少し離れていてもすぐわかる。

姉と会うのは母の葬式以来だが、特別な挨拶などせず、自然に二人で片付けにかかる。

 

母の自宅に発送する物、ホームに寄付する物、廃棄する物、と、どんどん進む。

姉と喋りながら片付けていると、全然感傷的にならずにすむ。悲しみが押し寄せない。

母がいようがいなかろうが、

いつも通りの喋りで事を進ませて行く姉のトーク力は半端ない。

 

こうして片付けは終了し、スタッフの方達と少し話をし、ホームを後にした。

また後日、姉と私で改めて挨拶に行くことにした。

 

姉と途中で別れ、帰路に着いた。

姉と会ってパワーをもらえた。

今日私一人だったら、おそらく涙涙でつらい片付けになっただろう。

姉が一緒にいてくれて本当に良かった。

 

母が亡くなった後、私は母の元に何回も通い、悲しみに暮れながら、母を偲んだ。

家で、母の棺に入れる折り紙を山程折り、手紙を書き、

母の好物のお菓子を買い揃えたりしていた。

 

一方姉は、すぐ母のいたグループホームに行き

スタッフさんと交渉したり事務手続きをした。

そして、母の部屋の片付けに着手した。

中々の力仕事や細かい作業をこなして行った。

母の葬式前に、片付けの大半を終えていた。

 

その行動力とパワーには脱帽した。

私と性格は違えど、悲しみは存分にあっただろう。

しかし、私のように悲しみに暮れずに(表向きは)

パワーを持って物事を進めていく行動力はさすがだ。

幼い頃から長女として、常に総領娘として育ってきた所以であろう。

 

お互い家庭を持ち、いい年になった姉妹だが、

幾つになっても、姉はやはり私にとって

「お姉ちゃん」なのだ。

 

私が幼稚園生の運動会の時のことである。

体調の悪い母に代わって、当時小学5年生の姉は母親役として、

私と一緒にフォークダンスを踊ってくれたことがある。

私にとって姉という存在は、やはりあの一緒に踊ってくれた姉なのだ。

あの光景が、私にとって姉の原点なのであろう。

 

いやぁ、やっぱりお姉ちゃんには頭があがらないねー!

母の前で賑やかに喋っていた姉妹は、今も昔もそのままだよ、ママ。

ママの部屋の片付け時も相変わらず、

うるさくも賑やかな姉妹の姿だったでしょう?ママ。