Hibiscus’s blog

夫と娘との三人暮らし。あずきバーとガーデニングを愛し、日々の徒然や朝ドラの感想を気の向くままに。

「風と共に去りぬ」 蘇る従妹との大切な思い出、そして身に染みる優しさ。

風と共に去りぬ

あまりにも有名な名作映画だ。

私が初めてこの映画を見たのは、多分小学校4,5年生の頃。

その頃、子どもである私たち兄弟は9時就寝だった。

 

それが、ある日の事。

夜、寝る頃のことだった。

母がやって来て「さあ、今からこの映画を見なさい」といい、訳わからぬままに

起こされて、私達兄弟は突然ある映画を見ることになった。

 

それが「風と共に去りぬ」だった。当時二週連続でテレビで放映された。

突然のことで、正直、子どもの私にはわからない事だらけだった。

しかし、とんでもなくすごい映画なんだろうなと、なんとなく感じた。

前半の終わり、スカーレットが壮絶な決意を表明しながら

壮大な曲と共に終わる圧巻のシーン。それは子ども心に刻まれた。

 

その後中学生以降に、映画も何度かテレビで見て、原作も読むようになった。

何度も繰り返し読んだ。名作として私の心に刻まれた小説であった。

 

そして月日は流れ、つい先日、私は母との別れをしなければならなかった。

 

母のお葬式には親しい親戚が来てくれた。

その中に従妹のFちゃんもいた。

20年ぶりくらいだろうか。久しく会っていなかった。

 

Fちゃんは、帰り間際に近寄って来て手を握りしめてくれた。

そして私を気遣う表情をしていた。

母の事を懐かしみ、母とのエピソードを話してくれた。

 

そして、バッグから本を取り出した。

「童話」という創作童話誌。

母の童話が載っている。懐かしくて涙が出そう。

 

これは、かつて母がFちゃんに送ってくれた、と教えてくれた。

母は長らく童話創作活動をしていた。

そして掲載された童話誌をFちゃんに送っていたそうだ。

それを大事に長らく持っていてくれて、このお葬式にはるばる持ってきてくれたのだ。

それを私に見せてくれたFちゃん。

見せてくれながら、母との思い出を語ってくれたFちゃん。

 

その心が嬉しかった。心の芯から嬉しかった。

悲しみにくれた心に深く染みわたる真実の優しさだった。

一緒に子供時代を共有してきたFちゃんだからこそできる技であった。

 

子ども時代の事も語った。私達のおばあちゃん、おおきな体だったねえ、とか、

おばあちゃんの部屋は、夏は涼しく冬は暖かかったねえとか。

子ども時代のことが一気に蘇った。懐かしくて嬉しくてたまらなかった。

 

その時、なぜか突然「風と共に去りぬ」のあるシーンが脳裏をよぎった。

物語、ラストの方で大事なものをを失いつつあるスカーレット。

その時、スカーレットは思った。

旧知の間柄の長老的夫人、ミセス・エルシングの事を。

長年互いに敵意を持つ間柄であったが、スカーレットは、あのエルシング夫人とも

語り合いたくなっていた。南北戦争の頃の苦労を語りたかった。

という下りが、強く蘇ったのだ。

 

ちなみに、Fちゃんとは全然反目しあっていない、ただお互い大人になるにつれ、

それぞれの生活があるため、足が遠のいていただけある。

ただ、このある時代を共有した者しかわからない空気・連帯感、

一緒に共有した母の思い出。

それを語れるのは、母を知っているFちゃんだからこそなのであった。

 

そう、スカーレットのあの想いが、今になって、

そうか、そうだったのか、と一気に繋がりわかったのだった。

 

若い時は大して気にも留めていなかった親戚付き合い。

しかし、母の事を通して、血の通った親戚、

心の思い出を共有した親戚が心底ありがたかった。

その思いやりと優しさは、弱り切った心に打ち響いた。

 

今回の母のことで、見えていなかったものが見えてきた気がする。

まだまだ私も青二才ですね。

 

母よ、今日は母の好きだった「風と共に去りぬ」と従妹のFちゃんについて

語ってみたよ。

Fちゃん、母の優しく語り掛ける声が好きだったと言ってくれて、嬉しかったよ。

 

母よ、

風と共に去りぬ」を、あの子供の時、起こして見せてくれてありがとう!