Hibiscus’s blog

夫と娘との三人暮らし。あずきバーとガーデニングを愛し、日々の徒然や朝ドラの感想を気の向くままに。

富士山、折り鶴、そして悲しみと喜び

今日も母に会いに行くために、電車に乗った。

ドアの側に立っていると、ちょうど太陽の光が直撃してまぶしい。

それを避けるために、体の向きをくるりと変えた。

 

と、同時に富士山が目に飛び込んできた!

わあ、富士山!なんて見事な富士山!

澄んだ青空の元に、くっきりとはっきりとした堂々とした富士山だった。

途端に、また目に涙があふれそうになった。

瞬間的に、「ママー富士山だよ、きれいだよ、見てみて」と、母に見せたくなった。

もうこの世にはいないからこそ、

わかっているからこそ余計にそう思うのかもしれない。

 

語り掛けたい母は、もういない、でも母に話したい、聞いて欲しい。

着いたとたん、真っ先に母にそのことを話した。

そして、「富士山」の曲を流し、歌った。

つい最近まで、母が元気な時もよく一緒に歌った。一緒に歌っておいてよかった。

 

一時間半近く、母に語り、今日は歌をたくさん流して歌った。

出来る限り歌った。美しい曲もたくさん流した。

心なしか、母は嬉しそうな表情をしていた気がした。

 

葬儀の担当の方に、少し話を聞いた。

お別れの日、棺に花や洋服、そしてお菓子も入れていいらしい。

そうと決まったら、早速帰りに買うことにした。

姉に聞いたら、洋服や小物はきちんと用意してくれているらしい。

私は、手紙・折り紙・お菓子を用意することにした。

母は甘いものが好きだった。

母の好きだったお菓子をいくつかピックアップした。

 

帰宅後、youtubeを見ながら鶴を折り始めた。

本当に久しぶりなので悪戦苦闘した。

折れたかと思うと、次のは上手くいかなかったりする。

ため息ついたり、フーフー言っていると、

目の前で定期試験の勉強をしている娘がこちらを見た。

 

娘は、試験勉強の手を止めて一緒に折り始めた。

そうこうしているうちに、ちょっと疲れたのでベッドに休みに行った。

そうして一休み後戻って来ると、娘は

「ママがさっき折りかけて中断したの、折り直しておいたよ」

 

その瞬間、パーと光、希望の光が差し込んできた。

何とも言えない、目の前が白く明るく輝いた気がした。

驚いた。まさかそんな事をしておいてくれるなんて。

我が子の成長が眩しく感じた。

 

定期試験の出来なんて吹っ飛ぶ位、嬉しかった。

もう、十分過ぎるほど嬉しかった。

母に、今の娘の姿を見せたかった。こんなに心優しい娘に育ってくれたよと。

祖母のために折り紙を折ってくれる孫娘。

この気持ちが祖母への鎮魂歌になる。娘のことをこれからも見ていてね。

 

更に夜、お風呂後、娘は夫と私に折り紙講習会を開いてくれた。

親切に根気よく教えてくれるその姿は、まさに幼稚園の先生みたい。

生徒は、親二人。

まさに、「負うた子に教えられる」を体現していた。

娘が大きく見えた。

 

そして、流れるBGMは、クリスマスの讃美歌だ。

讃美歌を聞きながら、母のために折り紙を折っている時、本当に心が慰められた。

悲しみは消えないが、娘の存在が心の傷を癒す存在になってくれている。

 

悲しみと嬉しさが混ぜこぜになっている今現在である。