Hibiscus’s blog

夫と娘との三人暮らし。あずきバーとガーデニングを愛し、日々の徒然や朝ドラの感想を気の向くままに。

私のソウルフード カップヌードル 母との思い出と繋がり

今日は電車に乗って母に会いに行った。

ようやく母に会って来られた。

母に会えたのは、あの日から4日ぶりのことだ。

 

途中、母のグループホームのある駅を通過した。

ああ、よくこの駅で降りて母の元へ行ったな。

この駅で降りて、コンビニで母の好きなコーヒーゼリーとリンゴジュースを買っ

て・・・。

もう、それもする事はないのか、と早くも涙が出てきた。

 

母はとても綺麗にお化粧され、穏やかな表情だった。

血色も良く、今はただ眠っているだけのようだった。

そのままひょいと目を覚ましそうな位、自然な表情だった。

目を覚まして、とつい口にしてしまう。

 

母に語りかけ始めると、涙が止まらずただただ、涙まみれだった。

声を出したり、心の中で語りかけたり、もう思いつく限りに、母に気持ちを届けた。

母の好きな「ふるさと」も、小声で、しかししっかりとした声で歌った。

 

又来るからね、ゆっくり休んでいてね、と声をかけた。

 

帰宅すると、思いの外疲労消耗が激しく、起きているのがつらくなった。

私の帰宅直後、定期試験中の娘も帰って来た。

娘用のランチ、ピザをトースターで焼いて、ベッドに倒れ込んた。

 

娘は、一人でピザを食べた後、休憩を取り軽くバレエレッスンをし、

試験勉強を始めたようだった。

 

疲労消耗し悲しんでいてもお腹は減る。

ヨロヨロと起きながら、リビングに行くと娘が振り返ってニコッと笑った。

音楽をかけながら試験勉強をしている。

娘はピザを食べ終えたようだ。

さて私は何にしよう。いや、もう決めていた。

そう、日清カップヌードルだ。

 

日清カップヌードル、思い入れのあるソウルフードだ。

 

子どもの頃、大晦日は家中で大掃除をした。

忙しいので昼ご飯は、この日清カップヌードルだった。

自宅から徒歩数分程の所に、総合食品雑貨店があった。

昔のコンビニのような何でもあるお店である。

晦日のお昼近くになると、家族の誰かがカップヌードルを買いに行く。

私も買いに行ったことがある。

 

気忙しい中、食べたカップヌードルの味は、ずっと体に染み込んでいる。

それは、今でも定期的に食べたくなる味である。

そして、まさに今、食べるなら今でしょう、といったシチュエーションであった。

 

熱いお湯の中をかき分け、フーフーしながら麺をすする。

昔の懐かしい子どもの頃を思い出しながら、母の面影を脳裏によぎらせながら。

 

真正面にいる娘がジッと見ている。

欲しそうな顔をしているが、私に遠慮してか何も言わずに

しかし、目で訴えている(笑)

食べる?と聞くと、うん、と嬉しそうに言った。

一口分だけ頬張りながら、少し話をする。

今日の定期試験のこと、先生のこと、クラスメートのことなどいろいろ。

何だか魂が少し慰められた気がした。

 

カップヌードル

私が好物なことも、その由来も知っている娘は、

この出来事を、後の世にどのようにアウトプットしていくのだろうか。